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きっと言葉に見放されてる

最後の晩餐について思い倦ねる20代OL

地球滅亡が確定したそのとき、私は最後の晩餐に何を食べるだろうか。これまでの短い人生で食べて来たものを思い返してみる。絶対に炭水化物を食べたいな。ほんでやっぱ肉やな。胃もたれとか関係ないし。明日も未来も考えずにごはんを食べられるのは、最後の晩餐だからこその贅沢やね。

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一度出会ったら、人は人をうしなわない。

最後の晩餐は、やっぱラーメンかな。ラーメンバイトで毎回2杯もまかないを食べていたからね。もちろんチャーライ(オムライス炒飯)がメイン。大盛にしちゃお。高校生の頃から親しんでいるこの味。ガツンと濃い味付けの炒飯を、とろ~っとした卵が包み込む感じ。たまらん。大人になってからは、黒ビールもつけるようになった。普段は「ビールと言えば黒ラベルでしょ」を再三主張し続けている私も、チャーライと黒ビールの相性の良さには感服いたした。いや~でも、こんな「生きている心地」がするものを食べてしまったら、「もっと生きたかった」と欲深くなってしまうかもしれないな。

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――きみは馴染まないね。浮かないけれど、馴染みもしない。

「10回食べると天国に行けるホルモン」と20代OL(私)が豪語するネリガエシ。たまに寄る居酒屋バーでたまに出る。店主が毎日買い付けてきているので、ない日もある。はじめに大学の先輩に連れて行ってもらってからもう3年経つか。このバーには好きな女たちを連行し、暗~い話をしながらネリガエシをつつくのだ。つまり、このネリガエシを最後の晩餐とするならば、そういった条件が必要となる。私は最後の晩餐を友と過ごすのか。現実的に難しい話だ。また、最後の日に酒を飲むのかどうかという観点も大切である。酒を飲めば、ごはんは酒に合わせた濃い目の味付けにしないといけない。最後の晩餐の主役たるごはんがそんな扱いを受けることについては、遺憾の意を表したい。しかし、最後をシラフで迎えるのも味気ない。これは非常に悩ましい問題だ。

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すぎたことだけが、確実に私たちのものなんだと思うわ。

一度だけ行ったことのある、山の上にぽつんとあるピザ屋。これ、最後の晩餐として正解かもしれない。なぜなら明日のことを、現実のことを忘れられるから。モチモチした生地に、融合する具材たち。この窯焼きピザは、私がこれまでに食べていたピザとは全く違った。やっと「本物」に出会えた。そんな感覚だ。木々が揺れる音や鳥の鳴き声を聴きながら、夜景に浮かぶ街の灯りに思いを馳せる。そんな夜があってもいい。そんな夜が最後の晩餐だったら良い。うん、そうしよう。